【ネタバレ注意】この記事には、映画『ウィキッド 永遠の約束』の重要な展開・結末に関するネタバレが含まれます。未鑑賞の方はご注意ください。
この記事はシリーズ第2回目(全3回)になります。
なぜ、エルファバは“悪い魔女”として消えたことにされ、グリンダはその真実を語れなかったのでしょうか。
映画『ウィキッド 永遠の約束』は、ただの完結編ではありません。友情、別れ、政治、そして“善い”と“悪い”という言葉の危うさまで、一気に突きつけてくる結末が待っています。
この記事では、映画『ウィキッド 永遠の約束』のあらすじをネタバレありで詳しく整理し、ラスト10分の流れ、ネッサローズの死、グリンダとエルファバの最後の別れ、そしてタイトルに込められた意味まで深く解説します。
観終わったあとに胸の中へ残るのは、派手な魔法よりも、どうしても同じ場所には立てなかったふたりの気持ちです。
結末を最速で知りたい人にも、見たあとで意味を確かめたい人にも伝わるように、順を追って分かりやすくまとめました。
友情の話だと思って油断すると、立場と沈黙の話で胸をえぐってくるよ。
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【ネタバレ】『ウィキッド 永遠の約束』の結末・ラストを結論から解説(最後どうなった?)
映画『ウィキッド 永遠の約束』の結末を先に言うと、エルファバは表向き“悪い魔女”として消えたことにされ、グリンダは真実を抱えたままオズの新しい側に立つことになります。
ラストの出来事を3行でまとめる
エルファバとグリンダは最後に再び向き合い、互いがかけがえのない存在だったことを認めます。 しかし、ふたりが同じ場所で生き続けることはできず、エルファバは“悪い魔女”として歴史の表面から姿を消したことになります。 残されたグリンダは、オズの体制の中で新しい秩序を担う立場へ進み、愛する友の不在を抱えながら前へ進むしかありません。
結末はハッピーエンドなのか、バッドエンドなのか
この結末は単純な幸福でも、完全な破滅でもありません。 ふたりが互いを失わずに想い続けるという意味では救いがあります。 その一方で、同じ場所で生きる未来は失われるため、痛みの強い終わり方でもあります。
だからこそ本作のラストは、勝ち負けで語るより、「生き延びるために何を捨てたのか」という視点で見ると分かりやすくなります。
最速で押さえたいラストのポイント
大事なのは、エルファバが本当に悪だったわけではないことです。 彼女はむしろ、動物たちや弱い立場の者のために戦い続けた側でした。 それでも世の中は彼女を“悪い魔女”として必要とし、グリンダもまた、その物語を完全には壊せませんでした。
つまり本作の結末は、真実よりも、社会が受け入れやすい物語のほうが強いという苦さを含んでいます。
結末の核心は、エルファバが消えたことよりも、グリンダがその不在を抱えて残ることにある。
次は、そこへ至るまでの物語全体をネタバレありで時系列に沿って整理する。
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次は全体の流れを見よう。
【ネタバレあり】『ウィキッド 永遠の約束』あらすじ紹介
ここでは、前作から続く関係の変化も含めて、映画『ウィキッド 永遠の約束』の物語をネタバレありで詳しく整理します。
反体制側となったエルファバと、表舞台へ進むグリンダ
前作でオズの支配の歪みと、動物たちへの抑圧を知ったエルファバは、権力に従う道を選びませんでした。 彼女は“悪い魔女”という名で追われる立場になりながらも、森に隠れ、虐げられる存在を守ろうと動き続けます。
一方のグリンダは、民衆から愛される華やかな存在として表舞台に立つようになります。 しかしその立場は自由ではなく、彼女自身もまた、オズの体制や世論の期待の中で役割を演じる存在へ変わっていきます。
つまり続編の出発点は、友情が壊れたから離れたのではなく、同じ現実を見ていながら、違う場所からしか戦えなくなったという状態です。
ネッサローズの執着と、周囲の関係の崩れ
物語が進むにつれ、ネッサローズの孤立と執着が色濃くなっていきます。 彼女は支配される側でいた過去の痛みを抱えながら、自分の小さな世界を必死でつなぎ止めようとします。
その感情はやがて、相手を愛することではなく、相手を縛りつける方向へ傾いていきます。 ボックとの関係にも無理が生まれ、思い通りにならない現実が積み重なることで、ネッサローズはさらに追い詰められていきます。
この流れは、単に一人の人物が壊れていく悲劇ではありません。 エルファバの妹であること、権力や偏見のはざまで見られ続けること、そのすべてが彼女の歪みを加速させていきます。
フィエロ、オズ、モリブルの思惑が交差する
フィエロはエルファバへの想いを明確にし、彼女の側へ近づいていきます。 それはロマンスとしてだけでなく、体制が作る嘘に耐えられなくなった結果でもあります。
対してオズの魔法使いとマダム・モリブルは、秩序維持のために“悪い魔女”の物語を必要とし続けます。 彼らにとって大事なのは真実ではなく、民衆を納得させる単純な敵です。
そのためエルファバを捕らえるための罠や、世論を操作する構図が強まり、グリンダもまた、その政治的な構図から完全には逃れられなくなります。
ドロシー来訪と、オズの物語への接続
物語の終盤では、『オズの魔法使い』でおなじみの出来事が、まったく違う角度から接続されていきます。 ドロシーの来訪は童話的な冒険の始まりではなく、すでに傷ついた者たちの運命をさらに動かしてしまう引き金として機能します。
ネッサローズの死、エルファバへの追及、そして最後の別れへ至る流れの中で、観客は“昔から知っていた物語”が、誰かの喪失の上に成り立っていたことを知ります。
こうして本作は、『オズの魔法使い』の裏側を埋めるだけでなく、善悪のラベルがどのように作られたのかまで描き切ります。
あらすじ全体で大切なのは、ふたりの友情が消えたのではなく、置かれた場所が決定的にずれていったこと。
次は、その中でも大きな転換点となるネッサローズの死を詳しく見る。
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ここからはネッサローズの話。
衝撃!ネッサローズは死亡する
本作で特に大きな衝撃となるのが、ネッサローズの死です。 しかもこの出来事は、単なる悲劇ではなく、エルファバの感情と物語の進行を一気に決定づける転換点として置かれています。
ネッサローズはなぜ追い詰められたのか
ネッサローズは、弱い立場に置かれてきた時間の長さゆえに、ようやく得た権力や愛情を手放せない人物として描かれます。 彼女の問題は、愛されたかったこと自体ではありません。 愛されるために、相手の自由まで奪おうとしてしまったことにあります。 そのため彼女の周囲では、保護と支配の境目が少しずつ崩れていきます。
死に至る経緯
終盤、ネッサローズはエルファバと再び関わる中で、これまで抱えてきた不満や依存を強くにじませます。 そしてオズ側の思惑や混乱も重なり、彼女を取り巻く状況は一気に不安定になります。 結果としてネッサローズは命を落とし、その死は“東の悪い魔女”というイメージと重ねられていきます。
ここで重要なのは、彼女が本質的に悪そのものとして描かれるのではなく、傷ついたまま力を持ち、正しく愛せなかった人物として置かれている点です。
ネッサローズの死がエルファバに与えたもの
ネッサローズの死は、エルファバにとって妹を失う出来事であると同時に、自分が“悪い魔女”として語られ続ける未来をさらに固める事件でもあります。 彼女は大切な存在を守ろうとするたびに、逆に破滅の側へ押し込まれていきます。 この積み重ねが、終盤の激しい決断や別れの場面に強い説得力を与えています。
最後に生き残った/残ったもの
ネッサローズは死によって退場しますが、彼女が残したものは大きいです。 エルファバには後悔が残り、グリンダには世界の残酷さがよりはっきり見えるようになります。 また、オズの民衆にとっては“分かりやすい悪”の物語が強化され、体制にとって都合のいい空気も残ります。 それでも最後に残り続けるのは、姉妹として分かり合えなかった痛みです。
ネッサローズの死は、事件というより、抑え込まれてきた感情の破裂として見ると分かりやすい。
次は物語の途中に置かれた重要なセリフから、登場人物の本音を読み解いていく。
欲しかったものを持てなかった人が、持った瞬間に壊れてしまう話でもある。
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次はセリフから本音を見よう。
途中の重要なセリフ考察5選:あの場面のセリフは何を示す?
『ウィキッド 永遠の約束』は、派手な展開以上にセリフの言い方と、そのときの立場が強く残る作品です。 ここでは重要な5つのセリフを整理し、その表の意味と裏の意味を読み解きます。
| 重要セリフ | 誰が | 誰に | 場面の状況 | 表の意味 | 裏の意味 | 言った者の状況・考察まとめ |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 私を見て あなたの目でなく みんなの目で | エルファバ | グリンダ | 互いの立場の違いが決定的になっていく場面 | 社会からどう見えるかを理解してほしい | あなた個人の愛情だけでは、もう守れない | エルファバは、親友の優しさより世論の残酷さを見ている |
| あなただけが、私が本当に友達と呼べた人 | エルファバ | グリンダ | 別れを意識した本音の場面 | 唯一無二の友情の確認 | これ以上近くにいられないからこその告白 | 孤独だったエルファバにとって、友情は奇跡に近い出来事だった |
| 私はたくさん友達がいた。でも本当に大事だったのは、たった1人だけ | グリンダ | 不特定多数/エルファバを想起 | 華やかな人気者としての自分を振り返る場面 | 数より深さが大事だったという気づき | 人気者として生きた時間の空虚さ | グリンダはようやく、人に好かれることと理解されることの違いを知る |
| エルファバ・スロップ、そこにいるんでしょう | グリンダ | エルファバ | 存在を確かめるように呼びかける場面 | 姿を見せてほしいという願い | まだ失っていないと信じたい祈り | グリンダは政治的立場より先に、友を失う恐怖で動いている |
| あなたに出会ったことで、私は永遠に変わった | グリンダとエルファバ | 互いに | 関係の本質が言葉になる場面 | 出会いが人生を変えたという確認 | 一緒にいられなくても影響は消えない | 本作のタイトルと感情の中心を支える核の言葉 |
「私を見て あなたの目でなく みんなの目で」の意味
このセリフでエルファバが言っているのは、優しく見てほしいという願いではありません。 むしろ逆で、自分がもう個人の関係だけでは守れない位置にいることを、グリンダに理解してほしいという言葉です。 グリンダの前では一人の友人であっても、世間の前では“悪い魔女”として消費される。 その差を直視させる、非常に厳しいセリフです。
「あなただけが、私が本当に友達と呼べた人」の意味
エルファバはもともと孤独な人物です。 だからこの一言は、単なる友情確認ではなく、人生の中で手に入れた最も大切な関係の告白として響きます。 同時に、今からその関係を失うことも分かっているので、喜びと痛みが同時に入っています。
「私はたくさん友達がいた。でも本当に大事だったのは、たった1人だけ」の意味
このセリフは、グリンダの成長を最も端的に示します。 前作までの彼女は、人に愛されることの中心にいました。 ですが本作では、その数の多さが本当の支えにはならなかったと理解します。 たくさんの“好意”の中で、本当に自分を変えたのはエルファバだけだったという認識です。
「エルファバ・スロップ、そこにいるんでしょう」の意味
この呼びかけには、公式な場での立場より、個人的な願いがにじみます。 グリンダはこの瞬間、“善い魔女”としてではなく、友人を失いたくない一人の人間として声を出しています。 だからこそこのセリフは、政治と友情の境界が崩れる瞬間として印象に残ります。
「あなたに出会ったことで、私は永遠に変わった」の意味
この言葉は、タイトルの核心です。 “永遠の約束”とは、未来に同じ場所で生きる約束ではなく、出会った事実そのものが消えないという意味での永遠です。 ふたりは同じ道を歩けなくても、互いの人生を決定的に変えてしまった。 その事実が、この作品を恋愛とも友情とも言い切れない深い物語にしています。
重要セリフを追うと、本作は善悪の戦いよりも、相手を理解したのに同じ側には立てない悲しさが中心だと見えてくる。
次は、ラスト10分の流れを時系列で細かく追う。
そこがこの作品のしんどさであり魅力なんだ。
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ここからラスト10分へ。
ラスト10分を時系列でまとめる
映画『ウィキッド 永遠の約束』の終盤は感情の情報量が多く、初見では流れを追い切りにくい場面です。 ここではラスト10分を、誰が誰に何をしたのかが分かるように時系列で整理します。
1.グリンダがエルファバを追い、真実より感情が前に出る
終盤、グリンダは“善い魔女”としての役割ではなく、エルファバと向き合いたい当事者として動きます。 ここで彼女は、体制側の代表というより、失いたくない相手を前にした一人の友人になります。 呼びかけの言葉にも、命令ではなく確認と祈りが混ざっています。
2.エルファバとグリンダが最後の本音を交わす
ふたりはついに本音で向き合い、互いが人生を変えた存在だったことを認めます。 この場面では責任の押しつけ合いよりも、もう一緒には戻れないことを知った者同士の静かな痛みが前面に出ます。 “I love you”に近い告白も、ここでは関係の名前を決めるための言葉ではなく、これ以上削れない感情の核心として響きます。
3.エルファバは“悪い魔女”として消えたことになる
その後、表向きにはエルファバが消滅した、あるいは討たれたかのように処理されていきます。 重要なのは、これは真実の証明ではなく、社会が必要とした結末だということです。 民衆にとっては恐れるべき敵が消え、体制にとっては都合の悪い存在が歴史の表面から退く形になります。
4.グリンダが残され、オズの新しい側に立つ
エルファバが去ったあと、残されるのはグリンダです。 彼女は真実を全部話せるわけではありません。 それでも、これまでの体制をそのまま延命するだけではなく、新しい側に立とうとします。 つまり彼女のラストは、華やかな勝者の椅子ではなく、大切な人を失ってなお責任を負う場所に立つことです。
5.ラスト10分で浮かぶ疑問点と考察
ひとつ目の疑問は、なぜグリンダは真実をすべて語らなかったのかです。 考察としては、語ればエルファバが安全に生きられないからという実務的な理由が考えられます。 もうひとつは、民衆がすぐに真実を受け入れる世界ではないため、語ったところで別の暴力が始まる可能性です。
ふたつ目の疑問は、エルファバがなぜ表向き消える道を受け入れたのかです。 ひとつの考察は、フィエロや仲間と生き延びるには、その形しかなかったということです。 もうひとつは、自分が“悪い魔女”の役を引き受けることで、グリンダに新しい秩序を作る余地を残したという見方です。
続編の可能性というより、本作はむしろ続きがないこと自体が結末とも言えます。 再会や名誉回復を描けば救いは増えますが、そのぶんこの作品の苦い美しさは薄れてしまいます。
ラスト10分は派手な決戦ではなく、誰が物語の表に残り、誰が裏へ消えるかを決める時間だった。
次は、その終盤で特に印象的な最後のセリフを掘り下げる。
消える側にも、残る側にも痛みがある。
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じゃあ最後の言葉の意味を見ていこう。
重要ラストシーンセリフ3選:最後の一言に込められた意味
ここでは終盤の感情を決定づける3つのラスト寄りセリフを整理します。
| ラストセリフ | 誰が | 誰に | 場面の状況 | 表の意味 | 裏の意味 | 言った者の状況・考察まとめ |
|---|---|---|---|---|---|---|
| I love you | エルファバとグリンダ | 互いに | 最後の別れに近い極限の場面 | 深い愛情の確認 | 関係に名前を付ける余裕すらない感情の露出 | 友情、同志愛、人生の共有がすべて重なった言葉として響く |
| 彼女と“友達”だった | グリンダ | 周囲/世界 | エルファバの不在を抱えながら語る場面 | 親しかった関係の説明 | “友達”では収まりきらない深さをあえてそこに閉じ込めている | 語れる範囲で最大限に本音を残した言い方 |
| グリンダが私たちが生きていると知れたらいいのに……でも無理なの。安全に生きるには、そうするしかないから…… | エルファバ | フィエロ/自分自身 | 別れのあと、生存と沈黙を選ぶ場面 | 真実を伝えたいができない | 生き延びるためには、愛する相手を悲しませるしかない | 救いと喪失が同時に成立する、本作でもっとも痛い独白のひとつ |
「I love you」は恋愛の告白だけではない
この一言は、恋愛の言葉としても読めますが、それだけでは足りません。 本作における“love”は、理解、感謝、喪失、尊敬、人生を変えられた痛みまで含んだ言葉です。 だからこそ、安易な甘さではなく、取り返しのつかなさを伴って響きます。
「彼女と“友達”だった」に込められた抑制
グリンダはこの言葉で、世の中に説明できる最小限の枠を使っています。 しかし引用符が示すように、本当はそれだけでは足りません。 “友達”という言葉は便利ですが、この作品では逆に説明し切れない関係の苦しさを浮かび上がらせます。
「生きていると知れたらいいのに……でも無理なの」の残酷さ
この独白には希望があります。 エルファバは死んでいないからです。 けれど同時に、真実を伝えられない残酷さもあります。 生き延びることが、そのまま再会や和解を意味しない。 本作はその厳しさを最後まで崩しません。
最後のセリフ群は、何を言ったか以上に、なぜそれ以上を言えなかったのかに注目すると意味が深まる。
次は、ラストシーンそのものの演出を3つに分けて考察する。
深い考察に触れると、僕ちょっと感動する。
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次は場面ごとに見よう。
重要ラストシーン考察3選:結末に込められた意味を解説
ここでは、物語を締めくくる3つのラストシーンを表で整理し、その演出意図を考えます。
| ラストシーン | 誰が | 誰に | 場面・状況 | 演出の意味 | 違和感 | 考察まとめ |
|---|---|---|---|---|---|---|
| エルファバとグリンダの最後の別れ | エルファバとグリンダ | 互いに | 本音を交わしながら離れる終盤 | 再会より別離を選ぶ成熟した痛み | 理解し合えたのに一緒にいない | 愛情の不足ではなく、世界の構造が別れを強いた場面 |
| エルファバは“悪い魔女”として表向き消えたことになる | エルファバ | 民衆/オズの体制 | 歴史の表面から退場する形になる | 物語に必要な悪役を引き受ける | 真実と公的記録が一致しない | 正しさよりも、世界が飲み込みやすい嘘が選ばれた |
| グリンダが残され、オズの新しい側に立つ | グリンダ | 民衆/自分自身 | 友を失った状態で役割を引き継ぐ | 希望の象徴に見えて、実際は責任の継承 | 勝者なのに幸福そうではない | グリンダは外から壊せない世界を、内側から変える役目を背負った |
最後の別れは敗北ではなく、生存のための選択
ふたりの別れは、理解し合えなかったから起きたのではありません。 むしろ逆で、理解してしまったからこそ、一緒にいれば互いを危険にさらすと分かったのです。 そのためこの場面は悲恋のように見えて、実際には生き延びるための決断でもあります。
“悪い魔女”の物語を引き受けるエルファバ
エルファバは最後まで、世界から与えられたラベルに抵抗し続けた人物です。 それでも最終的には、その物語の外へ完全には出られません。 彼女が表向き消える結末は、屈服というより、ラベルを利用して生きるしかないところまで追い詰められた姿とも言えます。
グリンダが残る意味
一見するとグリンダは表舞台に立つ側です。 しかし実際には、彼女こそが最も重い記憶を抱える人物になります。 だからこの結末は、グリンダが報われた話ではありません。 真実を全部は語れないまま、新しい善の形を作る責任を背負わされた話です。
ラストシーンの演出は、善悪の決着ではなく、誰が歴史の前面に立ち、誰が影に回るかを描いている。
次は、グリンダの選択そのものを“なぜ”の視点で考察する。
この映画、そこをきっちり突いてくるんだよね。
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じゃあ最後の意味をまとめよう。
ラストの意味を考察:グリンダは“なぜ”オズの新しい側に立ったのか?
本作の結末で最も考えたくなるのは、なぜグリンダが残る道を選んだのかという点です。
主人公の選択は「正しい」のか?3つの解釈
1つ目の解釈は、グリンダの選択は現実的だったという見方です。 外から壊せない体制なら、内側から変えるしかない。 この意味で彼女は理想を捨てたのではなく、実行方法を変えたと考えられます。
2つ目の解釈は、これは妥協であり、敗北でもあるという見方です。 真実をすべて語れない以上、彼女は体制の物語に一部加担しているとも言えます。 だから彼女の善は、完全に清潔な善ではありません。
3つ目の解釈は、エルファバとグリンダが役割を分け合ったという見方です。 エルファバが表向き“悪い魔女”を引き受け、グリンダが表向き“善い魔女”として残ることで、世界を少しでも動かそうとした。 この見方をすると、別れは断絶ではなく、役割の分担になります。
相棒・ヒロインとしての関係性はどう変化したか
ふたりの関係は、親友という言葉だけでは足りません。 最初は反発し合う関係でしたが、やがて互いに世界の見方そのものを変える存在になります。 本作終盤では、近くにいることより、相手の人生に消えない影響を残すことのほうが大きくなります。 だからラストは、関係が終わったのではなく、同じ場所にいない形へ変質したと考えるのが自然です。
敵対側の目的は何だったのか
オズの魔法使いとマダム・モリブルにとって重要なのは、民衆が納得できる物語です。 動物たちへの抑圧や支配の歪みを見せたくない彼らにとって、エルファバのような存在は危険です。 そのため彼らは、真実を争うのではなく、誰を悪役にするかを管理しようとします。 この構図があるからこそ、グリンダは真実を知りながらも、単純には動けません。
タイトル回収のポイント
『永遠の約束』は、ずっと一緒にいる約束ではありません。 むしろ本作は、一緒にいられないことを認めたうえで、それでも相手に変えられた事実を抱えて生きる物語です。 “For Good”には、永遠にという意味合いと、より善い方向へという含みが重なります。
ふたりは同じ場所には立てなかった。 しかし、互いに出会ったことで、以前の自分には戻れなくなった。 その変化こそが、このタイトルの回収です。
グリンダの選択は裏切りでも献身でもなく、その両方を含む苦い決断として見ると最も本作に近い。
次は、気になる配信・サブスク時期を現時点の傾向から予想する。
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ここからは配信予想へ。
配信・サブスクはいつ?来る可能性が高い順に予想
映画『ウィキッド 永遠の約束』は、2026年3月6日に日本公開されたばかりです。 そのため、現時点では見放題配信よりも、まずはデジタルレンタル配信が先に来る可能性が高いと考えられます。
配信の流れをどう見るか
洋画の大型作品は、劇場公開からしばらくしてデジタル販売・レンタルが始まり、その後に見放題配信へ移る流れが一般的です。 前作との連動需要や、公開直後の興行成績の強さを考えると、まずは劇場興行を優先し、その後に有料配信へ広げる形が自然です。
来る可能性が高い順の予想
1位はレンタル配信です。 2位は購入型のデジタル配信です。 3位が見放題配信で、ここは少し時間が空く可能性があります。 シリーズものとして前作とあわせて展開しやすいため、2作まとめた訴求が行われる可能性もあります。
公開直後の現段階では、見放題より先にレンタル配信を想定するのが自然。
最後に、公開後のSNSでラストがどう受け止められているのかを確認する。
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じゃあ世間の反応を見よう。
SNSでの評判・口コミをチェック!
ここでは、公開後に出ている感想のうち、特にラストの受け止め方が分かる声を中心に整理します。 今回は検索結果画面で確認できる公開文面をもとに、同一アカウントを避けて10件を抽出しました。
| No | 口コミの抜粋 | 引用元 |
|---|---|---|
| 1 | 映画ウィキッド 永遠の約束 ラストシーンについてはわたしはこちらの解釈派です めちゃ気になったのでscreenplayの該当箇所も読み | X(旧Twitter)投稿:@risa_ashizawa |
| 2 | ネタバレありの感想書きました。善い魔女と悪い魔女としてそれぞれの道を歩むことになった親友2人のその後を描く後編。 | X(旧Twitter)投稿:@monkey1119 |
| 3 | 夫々の立場でそれを見極めていく。グリンダは悪に加担な存在 | X(旧Twitter)投稿:@chanel2593 |
| 4 | 『ウィキッド 永遠の約束』ついに最終章! 主要人物達の思惑が交差し、怒りと悲しみが歌となって心を揺さぶる。 | X(旧Twitter)投稿:@kuroron11546099 |
| 5 | 『ウィキッド 永遠の約束』傑作! 賛否が割れるのはかなり | X(旧Twitter)投稿:@nishiedogawa |
| 6 | ウィキッド後編こと『ウィキッド 永遠の約束』を観てきた。 感想はなかなかまとまらない…。 英語版サブタイトルにもなっている”For good”がキーワード | X(旧Twitter)投稿:@rero70 |
| 7 | 映画『ウィキッド 永遠の約束』を観てきました。ラスト | X(旧Twitter)投稿:@skd7 |
| 8 | ネタバレあり 映画ウィキッド永遠の約束でわたしが良かった点は、オズの魔法使いがグリンダから緑色の瓶を渡され真実を知るシーン | X(旧Twitter)投稿:@kokokobook |
| 9 | 『ウィキッド 永遠の約束』のラストシーンに出てくるあの世界のこと | X(旧Twitter)投稿:@Pluto_Te1029 |
| 10 | 『ウィキッド 永遠の約束』の感想ラジオをアップしました。ブチ | X(旧Twitter)投稿:@mouse15278 |
映画考察ピヨラボ独自採点
※以下は映画考察ピヨラボによる独自採点です。
| 評価項目 | 得点 |
|---|---|
| 結末の余韻 | 20点中19点 |
| 友情描写の深さ | 20点中20点 |
| セリフの強さ | 20点中18点 |
| 物語の切なさ | 20点中19点 |
| 考察の広がり | 20点中18点 |
総合得点:94点/100点
総評
公開後の反応を見ると、ラストへの評価はかなり高い一方で、苦さの強い結末ゆえに受け取り方が分かれていることも見えてきます。 特に多いのは、エルファバとグリンダの別れを高く評価する声です。 一方で、グリンダの立場やエルファバの処理に複雑さを感じる声もありました。 この分かれ方は欠点というより、本作が単純な大団円を選ばなかった証拠とも言えます。
口コミでも特に注目されているのは、ラストの解釈と、グリンダが背負うものの重さ。
ここまでの内容をもとに記事末尾の導線を整えれば、シリーズ記事として自然につながる。
ポップコーン食べる?
この記事はシリーズ第2回目(全3回)になります。


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